Interview
インタビュー
- 就活当時の志望業界・志望職種
- 中学校教員、マスコミ
- なぜ葬儀の仕事を志望しようと思ったのか?
- 教員採用試験にどうしても合格できず、教員になることを諦め、職を転々とする時期が長く続きました。前職は精密部品メーカーの工場勤務で、製造の仕事をしていたのですが、自分はやはりものづくりよりも、もっと人と深く接することで人の役に立てるような仕事がした方がしたいと思うようになり、高校のサッカー部の先輩(田中社長)が就いていた葬儀の仕事に目を向けました!
- 永田屋に入社を決めた理由
- 田中社長(当時は常務)が面接をしてくれた時に「この仕事は、仕事に慣れても悲しみには決して慣れちゃいけない仕事なんだ」というお話を熱くしてくださり、この時初めてその会社が大切にしている価値観というものに深く感銘を受けて、自分もこういうことを大切にしている会社で仕事をしてみたい、頑張りたいと思い、半ば無理矢理履歴書を出しました。
- 永田屋での仕事で活躍した出来事・思い出に残っている仕事
- 大切なご主人を亡くされ、深い悲しみの中、ご葬儀の受注をした際、当時亡くなられた東京都知事の葬儀を取り仕切ったという都職員のご親戚が同席され、その方の意向が強く反映されたかなり高額の見積もりに初老の奥様がサインされました。そのまま葬儀の準備に移ることは容易ではあったのですが、帰りの車の中で奥様は絶対に納得していないはずだと思い、会社に戻ってすぐ奥様に電話し、再見積のご提案を私からさせていただきました。すると、やはり相当無理されていたことが分かり、大変喜んでくださいました。更に葬儀当日、式中にご長男が過労から意識を失って倒れ、救急車を呼ぶといったハプニングも発生しましたが、ご長男も大事には至らず、何とか無事にご葬儀を終えることが出来ました。それから1年後、永田屋のイベントに奥様が来てくださり、偶然久しぶりの再会を果たしたのですが、私と目が合った瞬間、足が悪くて杖をついていたにも関わらず、私の所に駆け寄り、私の手を両手で強く握り「私は今でも毎日あなたのことを思っているんですよ。」と涙ながらに仰って下さいました。私はこの時、自分のしたことが、こんなにも人に喜んで頂くことが出来るのかと全身が震えるくらい感動し、葬儀の仕事は本当にすごいなと再認識することが出来た思い出の出来事です。
- 永田屋でこれから目指したい姿・社員として果たしたい目標
- 100年以上の歴史を築き上げてきた名門葬儀社の伝統をつなぎ、経営理念の実現に本気で取り組んでいる言行一致の永田屋を多くの若い世代から憧れられるような会社にしていきたいです!